7回戦
ホークスは、逆転して4連勝した。初回、杉内が、4点を失い、負けゲーム的な要素だったが、さすがエースである。2~5回を0点で押さえたが、6回に1点を取られ計5点で7回まで投げきった。8回からファルケンボーク、9回から馬原が投げ0点に押さえた。この試合で今までと違ったのは、打線の奮起と打線の粘り強さである。ホークスは、苦手の大嶺から初回に1点、2回に1点を取り2-4とした。6回1点を取られた裏にオーティス、小久保の連続ホームランで4-5とした。7回オーティスの2打席連続ツーランで6-5と勝ち越した。8回にも変わった薮田から1点を取り7-5で勝った。今シーズン初めて逆転劇を演じた。この原因は、色々あるが、一つには日替わりヒーローが出ている所と選手のほとんどが、次の塁を狙って走る事である。前回の楽天戦では、6個の盗塁をしている。これは、バッテリーにもこたえる。走者を気にしての投球は、ピッチャー本来の投球が出来ないからだ。このスタイルを続けていけば勝利への道、優勝へと繋がるだろう。昔ある人から、人間の考えなんて一日で変わるものだと教えられた事がある。特に凡人は!この何週間前までは、ホークスの情けなさに腹を立て、距離を置こうと思った自分だが、今は、又ぐっと応援に力が入る。いい気なもんだが、やはり勝つ事が、大事で、今のホークスは、全員野球で勝利をものにしている所が、すばらしい。今だけかもしれないが、それでも昨夜の勝利には、酔いしれた。
5/12から一年間の楽しみなセ・パ交流戦が始まった。第1戦目は、パリーグ6球団の内ソフトバンクだけが、負けて他4球団は白星発進だ。(楽天は、試合が無かった)
昨夜のソフトバンクの戦い方で、1回得点圏にランナーを置きながら、3番オーティス、4番小久保が打てず、0点で終わった。その時自分は、この試合に見切りをつけた。何故か、それはこの所3,4,5番のクリーンナップが、打てなくなっているからだ。交流戦
前の9連戦で、ソフトバンクは、7勝2敗で終わった。この9連戦がソフトバンクの調子は、最高だったかもしれない。が、しかし後半クリーンナップに陰りが見えてきた。特に、小久保が、打てなくなっている。おそらく又何試合か打てない不振が、続くだろうと思うが、その時、彼自身又は、首脳陣はどうするか、という決断に迫られると思う。阪神の金本選手は、自ら不振に責任を感じて、チ-ムが勝つ為に試合を降りた。そういう勇気が、小久保にあるかどうかが問題だ。彼が、打っているときは、ほとんどチームは、勝利している。何故なら打線の要だからだ。しかし、最近得点圏にランナーを置いて、何度も凡退している。打線は、水物と言うが、まさしくそうだ。自分の予想が、当たらなければ良いが、正にソフトバンクは、下降線をたどって行くような気がしてならない。
今年は、交流戦の初戦は、全試合セリーグのホームゲームで始まった。6年目にして始めてという話だ。少しおかしな話だ。ホームゲームでする利点の方が大きいのは、ファンの後押しを含め、有利なはずだ。また、セのホームだと、パは、DH制が使えず、普段打席に立たないピチャーが、打席に立ち、戦い方が違ってくる。さて、昨夜の交流戦の主な試合を振り返ると、ソフトバンク対中日は、1-3で中日の勝ち、ロッテ対横浜は、14-6でロッテの勝ち、西武対巨人は、1-9で巨人の勝ち、それぞれのチームが、一進一退で2戦目を終えた。さて、我ソフトバンクの事である。まず打てない。特に4番が得点圏のランナーが、居る時に打てない。彼は、この4~5試合ノーヒットではないか。最初の活躍は、ウソのようである。彼自身も苦しんでいるだろうが、今年の彼を見ると打てない時期が、長すぎるように思う。年齢による体力の衰えか、毎試合出ている為の疲労か。良くわからないが、たまに休ませる事も必要なのではないか。それともう一人4番を任せられる松中選手に早く1軍に帰ってきてほしい。彼の打撃に期待するファンも多いだろうし、彼が、4番に座れば、小久保選手も負担が減るだろう。西武ー巨人戦をテレビでかいま見た西武石井投手は、巨人打線にさんざん打ち込まれ、3回途中でノックアウトされていた。石井投手は、パの今までの試合で4勝1敗の好投手である。その投手を簡単に打ち崩した巨人打線の破壊力はすごい。やはり投打のバランスが、一番整っているのは巨人だろう。打線で言えば、2チームも出来そうだ。金持ち球団は、うらやましい!
今現在、パリーグは、ロッテ首位、西武2位、ソフトバンク3位と並んでいる。この3チームを中心に覇者を競うに違いないと思う。今年の西武は、充実した陣容である。先発投手が良い。涌井、岸、帆足を中心に後、石井、許等の投手がいるが、特に涌井、岸、帆足が、抜群のコントロールと投球技術を心得ている。又、打線も中島、中村の3,4番を中心にした打撃が良い。ロッテは、チームの力が大きく変わった。これほど指導者が、変わればチームが変わるという一つの例である。特にロッテは、西本投手コーチが、就任して変わったように思う。投打のバランスが良くおそらく、優勝戦線に残るだろう。ダルビッシュをかかえる日本ハムが、低迷しているが、ここに来て5連勝と実力を発揮しだした。スレッジという大砲が、居なくなった為、一つは、苦戦に繋がったと思う。ソフトバンクは、中日に2連敗した。その主な原因は、4番が、この所チャンスに打てない事だ。おそらく3~4試合ノーヒットだと思う。このままでは、ズルズルいってしまいそうだ。カンフル注射が、必要だと思うが、どうだろうか。
今、NHKで龍馬伝を放送していて、すごいブームになっている。自分が坂本龍馬を知ったのは、20歳の頃、司馬遼太郎作「龍馬がゆく」だった。むさぶる様に読んだ。作者は何故薩長同盟ができたのか、長州の桂小五郎と薩摩の西郷隆盛を引き合わせ、見事に同盟を結ばせた。同盟できる状況ではなかった。何故なら、薩摩は、数年前会津藩と手を組み長州が暴走した。「蛤御門の変」で長州藩に手痛い打撃を与えたからだ。その両藩を結びつけた坂本龍馬の人間的な魅力、大きさ、それを知りたくて「龍馬がゆく」を書いたと言っている。今、NHKの龍馬伝は、すごい人気だそうだ。主役の福山雅治が、なかなか良いが、このドラマは、岩崎弥太郎、後の三菱商事を起こし大資本家になった彼の目を通して描かれている。史実では、坂本龍馬の目と考え方を大きく広げさせたのは、勝海舟という幕臣だった。龍馬は、攘夷家で千葉道場の若先生と一緒に勝海舟を切りに行くが、勝海舟の日本と世界のあり方等、スケールの大きな話に感動し、その場で勝海舟の弟子になる。柔軟な頭としか言いようがない。その後、彼は、どんどん成長してゆくが、34歳で暗殺に遭う。革命の惨さである。もし彼が、生きていれば、明治維新は違った物、あるいは、少し遅れて成立したかもしれない。ただ、NHKドラマ「龍馬伝」はひさびさヒットし、お茶の間を楽しませているに違いない。
自分は、作家の中で、司馬遼太郎、藤沢周平、佐藤雅美、大沢在昌が好きだ。彼らの作品は、読み応えがあり、一字一句面白さを増してくる。ただそれでも少し駄作的な箇所はある。そういう時は、読み手をだらけさせる。松本清張は、偉大な作家だが、どうもフィクションの中で、現実ばなれした事を書いている事がある。小説は、フィクションだが、読者は、現実にありそうな事を求めるものだ。上の4人は、それがない。創作的な面を目一杯広げて、いかにもあったような錯覚に読者を落とし入れる。しかも一字一句が、格調高く、読み手をぐんぐん小説の世界へと入りこませる。この4人の作品を何度徹夜で読んだ事だろう。だが、残念な事に司馬氏と藤沢氏は、この世にいない。彼らに続く作家はいないものかと思うこの頃である。私が、勧める4人の作家の代表作は、司馬遼太郎「坂の上の雲」藤沢周平「用心棒日月抄」佐藤雅美「物書き同心居眠り紋蔵」大沢在昌「新宿鮫」である。どの作品も読み応えがあり、是非一度読まれることを勧める。ただ、残念なのは、私の勉強不足かもしれないが、彼らに続く作家が見当たらない事である。何十人か他の作家を読んだが、物足りない、読んで惹き付けられない作品ばかりだった。
自分は、50年弱テレビを見続けているが、今では、日本のテレビ番組をほとんど見ない。見るとすれば、NHKの「龍馬伝」とプロ野球ぐらいである。他の番組には、辟易している。何か同じような番組や、笑わす為に無理に作っている番組、クイズ番組が当たれば、柳の下の二匹のどじょうではないが、次々に同じ番組が出てくる。いいかげんうんざりする様な番組ばかりである。今、私が見ているのは、韓国、中国ドラマ、それも時代劇である。韓国の時代劇として、太王世宗、女人天下、ホ・ギュン、善徳女王、風の国、チュオクの剣、妖婦、イ・サン、中国の時代劇は、少林寺、大敦煌である。これらは、NHKや民放の衛星放送で放送されているが、どれも面白く新鮮な気持ちで見ている。と同時に韓国の歴史に深い興味を持ち、今その歴史を勉強中である。私個人の考えだが、日本は、中国、韓国から古代より多くの物を取り入れた。それは、多くの人であり、書物、色々な技術、稲作等多方面にわたる。いわばそれらの国々にかなり恩恵を受けている。顔も体格も中国人、韓国人、日本人は、非常に良く似ている。ここでかなり飛躍するが、何百年後先、この三つの国は、一つに統合されて、アメリカ、EU、ロシアに対抗できる大国になるのではないかと想像を膨らませる。
交流戦が、始まってホークスは、最初の試合中日戦で2連敗した。その後ヤクルト戦で2連勝したが、その戦いについて批判したい。確かヤクルト戦2戦目、小久保の2ラン、3ランで6回まで5-2で勝っていた。投手杉内は、6回まで投げていたのだが、素人の目の私は、彼がもうめ一杯の投球だと思っていた。すると7回無死から、ヒットを2本打たれノーアウト一塁、二塁とした。その後、ガイエルにスリーランを打たれ、5-5の同点となり、結局延長戦になり、摂津を2回、馬原を2回投げさせ、最後は、ファルケンボークで押さえ本多が打ったタイムリーで6-5で勝った。結果から批判するつもりはない。首脳陣は、何故7回からSBMを投入しなかったのか。せめてノーアウト一塁二塁の時点でも摂津に代えるべきではなかったのか。杉内は、エースであり、本人も投げたいと言っていたのかもしれないが、勝つためには、杉内と言えども代えるべきだ。杉内は、ホームランを打たれて、座り込んだそうだ。この展開で悪いのは、7回から摂津を使っておれば、杉内は、勝ち投手になり、気分良く次回も投げられたに違いない。首脳陣特に秋山采配のお粗末さで、摂津、馬原を2回づつ投げさせた事は、反省してほしい。それが、次回の阪神戦で如実にでた。馬原が打たれ、摂津も打たれ2-1で勝っていたのを逆転された。小椋投手は、7回まで1失点の好投をしていた。結局ヤクルト戦の2回戦が、負の連鎖でつながったと思う。今年は、こんな試合を何試合か見せられた。投手の代え時は、難しいと思うが、次に生かしてほしいものだ。
私は、三姉妹の長女、母はすぐ近くに、すぐ下の妹は静岡に、末の妹は車で一時間の所にそれぞれ住んでいる。すぐ下の妹には、なかなか会えず、帰ってくるのも大変。それで、今回母娘で旅行に行こうと言う事になり、初めて一泊旅行に行った。父は、4年ほど前に亡くなり、一緒に行く事は、叶わないが、母も年なのでこの機会を逃さないよう、着々と準備を進め、行先は、静岡との中間点の神戸に決め、温泉に泊まろうと言う事で、有馬温泉に一泊と決めた。今回は、少し贅沢に食事の良い旅館にした。いよいよ当日、母も早くから目が覚めたのか、予定の時間より1時間早く私の家に迎えに来る。末の妹と新幹線の駅で合流し、神戸へ向かった。新幹線は、ビジネス客で結構混んでいた。中の妹は、我々より10分遅れで到着、久しぶりの再会に母も喜んでいた。市内の名所を回る、ループバスに乗り、異人館、中華街、ポートタワー等周る。私の住んでいる所も坂道が、多いが、異人館の所は、急な坂道ばかり、修学旅行の生徒や、韓国の観光客も目立った。夕方、有馬温泉の直行バスに乗り、無事旅館に到着。ここも山の中で、坂道ばかり、ここの温泉は、鉄分が多く塩分が入っている金泉と無色透明の銀泉の2種類があるそうだ。豊臣秀吉もよくここの温泉に入りに着たようで、太閤の湯殿と言うのが残されていた。食事も期待した通り、豪華で手が込んでいた。話も弾み、とても楽しい食事だった。温泉もとても気持よく、大満足。翌日は、あいにくの雨で六甲山に行く予定を中止にして、市内へもどり、お土産を買い、夕方、また行こうと約束し、中の妹と別れる。母も足を鍛えて、元気でいるからと意欲満々。それぞれの家族には、迷惑をかけたが、おかげで、楽しい旅が、出来た。感謝である。
自分は、若い時から、何故豊臣秀吉は、朝鮮を攻めたのか、これを疑問に思っていた。つたない情報では、淀君が生んだ最初の子が、早く死んだから、その悲しみの埋め合わせとか、秀吉は、かなりもうろくして、奇想天外な事を考えたとか、色々あったが、今回、井沢氏の「朝鮮出兵と秀吉の謎」を読んで、かなりの事がわかった。明と朝鮮への侵略は、まず最初に織田信長が、考えていて、それを秀吉が、受け継いだと言う説。それともう一つ大きな要素は、確かに豊臣秀吉によって、
天下は統一されたが、天下が安定すれば、兵隊の失業が、始まると言う事である。あの頃、足軽以上の兵隊は、40万人以上いたという。その何割かは、大名などに仕える事が出来るが、後は、浪人するか、百姓にもどるかどちらかである。兵の不満は、つのるはずだある。中国の場合このような時は、その余った兵を異国の征伐に使った。その意味で、豊臣秀吉は、余った兵の使い道として、朝鮮、明への出兵に繋がったと井沢氏は、考える。むろん、計画では、朝鮮を通じて、明に行き、明との交易を望む事が、最初は、目的であったはずだが、外交交渉で明から、拒絶されそれが、1592年の文禄の役(第一次出兵)につながったと言う事である。少し歴史の謎が解けたつもりだが、井沢氏の解釈に敬意を表する。
今年も衣替えの季節になったが、何故か今年は、いつまでも寒く、5月末だというのにまだ炬燵が、かたづけられない。衣替えもまだ早いかと思ったが、時間があったので、夏物を出し、冬物を片付けた。毎年思う事だが、今年一年着て、始末しようと思い着た服を、始末できず又しまってしまう。何ともなってないが、色が少しアセたり、流行遅れだったり、もう着ない服も始末しようと思うが、貧乏症で、なかなか捨てる事ができない。誰かが、2,3年着ない服は、処分すると言っていたが、もったいなくて私には出来ない。そうは言っても、着ない服をなおす場所もないし、服もかわいそうだ。着古した服は、ダメだが、まだ新しく着れる服は、持ち寄って、交換出来るようにしたらどうだろう。古着屋さんや、フリーマーケット、バザー等あるが、お金を取らないで、服を持って行った人は、どの服でも交換できる。自分には、もう着ない服も、他の人には、新鮮でまた着れるかもしれない。そんな事を考えながら、夏、冬入れ替えたが、まだ夏服は当分、着ないかな。
私自身、宗教について長らく日本の宗教のあり方についてクリスマスのキリスト教、正月の神社への参拝、葬式等には仏教と何の疑問も無く受け入れてきた。日本人の受容性というものか、そこにあるもの昔からの習慣や伝統を受け入れる心が、少なからずあったからだ。だが、ある時期、フト疑問に思った事がある。何故、人間は、戦争と言う殺し合いを重ねてきたのか。仏教もキリスト教もマホメット(回教)その他色々な宗教は、人間の幸福を願い、平和を願うものではないのか。その宗教的な側面からみれば、殺し合いが続いた今日、今もテロやある種の戦争が、起きている事が、不思議だならない。今日ある本を読んだ。以前読んだ事のある司馬遼太郎の「この国のかたち」だ。その中に「本来の仏教と言うのは実にすっきりしている。人が、死ねば空に帰する。教祖である釈迦には、墓がない。無論十大弟子にも墓がなく、おしなべて墓という思想すらなく、墓そのものが、非仏教的なのである。」この文章を読んでいる内に宗教と言う物は、何かとつくづく考えさせられた。私の家にも仏壇があり、先祖の墓もある。だが、本来仏教(釈迦が教えを説いたころの仏教)には、そんな物はない。自分のつたない頭で考えるのは、所詮仏教、キリスト教、回教と世界三大宗教、その他諸々の宗教は、人間の頭で作り出したものではないかと言うことである。この世に神や仏は、居るはずがなく、居れば、この人類の悲惨な殺し合いを見逃すはずは無く、とっくに手を差し伸べているはずである。そこに至って自分は、これらが一種のまやかしであって、結局は、無神論者になっていく。
私は、司馬遼太郎の昔からの大ファンで、彼の小説、対話集、その他色々な著書を読ませてもらった。それは彼の文章力のうまさ、卓越した洞察観、あるいは一つの小説を書くにあたって、膨大な資料を駆使し、又小説の現場に何度も足をのばし、探索と探求を行っている事である。誰か著名な作家が、彼の事を「国民的作家」と呼んだが、正にその通りと思う。そして今私は、彼の集大成のような本を読み始めた。全43巻あるそれは、「街道をゆく」である。過去何回かは、読んだ記憶があるが、第1巻から今は第3巻まで読みあさっている。が、それはいいのだが、この本の末尾に「司馬遼太郎記念館」のご案内と称したものがあって、場所の地図も出ている。しかも記念館友の会のご案内に一般会員3千円、サポート会員1万円、企業サポート会員5万円とある。声を大にして言いたいのは、この記念館は、彼の遺志で作られたものなのか。いや、そうではないと信じたい。もしそうなれば、彼に対する尊敬の念が半減する。何と俗な事かと思いたい。彼を支持する大勢の人は、そうではないだろうと思うが、これはまるで一つの宗教にすぎない。宗教の発生は、初期はまことに純粋であった。それが今はどうだ。教会は、お寺は、何だかんだと言いながら寄付を信者からねだっている。この記念館も是非そうならぬ様願いたい。天国の司馬遼太郎が見たら、何と馬鹿げた宮殿を作ったものかと笑っているだろう。
「今日のトップ見出しは、首相退陣要求強まる」だ。この記事に関して、1,3、4面の関連記事をつぶさに見た。第一印象として、この首相は、自分の支持率(現在10%)民主党の支持率を新聞やニュースで見ているのだろうか、又見ていても無視しているのか。このままでは、参院選に勝利が、見えてこない事は、首相自身は、わかっているのか。参院議員のアンケートによれば、民主党員で首相続投を支持した人は、7~8人にすぎない。改選される議員は、皆不安感を持っている。支持母体は、助けてくるかもしれないが、浮動票は、明らかに民主離れしている。野党は、連合して首相問責議案を提出するようだが、これには、社民党の参院議員5人も同調する。又民主党の参院議員も同調しかねない何人かが、いるはずだ。そうすれば、この議決案は、通る。法的根拠は、何もないが、首相にとって国民への大きなダメージとして残る。彼は、小沢幹事長が、鈴を首相の首に付けられるかどうかと言う事だろう。鳩山首相の言動には、ほどほどあきれて物が言えない。自分の吐いた言葉に全然責任を取らない。それが、庶民感覚と違う。まるでお公家さんのような今日この頃であらしゃいますな。
ヤフードームで、ソフトバンクとヤクルトの第3戦が、行われた。ソフトバンクは、杉内、ヤクルトは、中沢の先発で試合は始まった。杉内は中5日と言う事で、ちょっと心配されたが、その心配が、当たってしまった。1回に1点、4回に1点取られ、ソフトバンクも川崎のタイムリーで4回に勝ち越し、中沢を引き摺り下ろした。しかし7回にもとソフトバンクの吉本に二塁打を打たれ、1点勝ち越されてしまった。その後、ソフトバンクは、点が入らず負けてしまった。残念なのは、初回から杉内の球は、高めに浮き、切れもないと解説の人も言ってたが、7回で替えるかと思ったが、続投させた。結果論だが、もし7回で替えていれば、勝利したかもしれない。交流戦まだ1勝しかしてないヤクルトを舐めたわけではないだろうが、この負けは、大きいと思う。が、交流戦もまだ中盤、打線は、小久保は、抹消されたが、ぺタジーニが入り厚みがでてきた。だが、誰か言っていたが、重量打線だと、細かい野球が出来ない。そこのところをうまくかみ合わせ、あと全勝する位の気構えで、向かっていってほしい。
自分は、歴史小説が好きで、結構色々読んだが、どの時代の歴史が、面白いかと言えば、安土桃山時代と幕末の一時期である。そこには、多種多彩な人物が現れ、又それをいかにもその時代に生きて、その人物を見てきたかのように描く小説家達の力量に驚かされる。ただ、作家の立場や物の考え方によって、その人物が、多少違うように描かれているのは仕方ない。ただ疑問に思う事がいくつかある。一つ目は、織田信長の本能寺の変である。彼は、その日わずかな手勢で本能寺に泊まっている。今から思えばそれは、驕りとしか言いようが無い。天下統一の後一歩と言う所で命を落としてしまった。それまでの信長の生き方と少し違った場面がする本能寺の変である。もっと護衛部隊を持つべきではなかったか。そうすれば易々と明智光秀に討たれる事も無かったであろう。二つ目は、豊臣秀吉の朝鮮侵略である。彼は、天下統一を成し遂げ日本国に平和をもたらしたが、その彼が、何ゆえ朝鮮を攻め明まで滅ぼそうと言う無謀な賭けにでたのかよくわからない。自己を肥大化し過ぎて、老人的なある種のボケに落ちて行ってしまったように思う。それは、彼が本当に異国を攻めるに当たって、何のプランらしき物を持っていなかった事による。若い時の彼ならば、もっと異国の調査を数年間にわたりしたに違いないが、それすらした記録も無いようだ。三つ目は、関が原の戦いにおける前しょう戦で、家康は、上杉氏を攻めようとして会津まで行こうとしたのだが、上方で石田三成が、挙兵したと聞き鎮圧する為戻るのだが、何故上杉氏は、徳川方の後方を脅かさなかったのか。それをしていれば、関が原の戦いも違っていただろう。
4/29から始まったゴールデンウイークも昨日で終わった。とてもよいお天気で、気温も上がり、どこも行楽地は、賑わったようだ。高速道路も1000円で混雑したようだ。海外旅行も何十万と言う人が、出かけたようだが、本当に、不景気なのかと疑問に思ってしまう。お金を持っている人は、海外に落とさず、国内に落としてほしいと思うがー。私は、もう引退して、毎日、日曜日の生活だが、若い頃は、連休があるとどこかに行かないと”損”みたいに思い、人ごみも何のそので出かけたものだ。それが、年を取るにしたがい、億劫になってきた。今は、毎日が、日曜日のせいもあるが、人の多い時にあえて行こうとも思わないが、若い頃のようなエネルギーが、ほしいと最近切に思うことがある。このゴールデンウイーク中も仕事を休めない人も大勢いる。その人達のおかげで、我々が、楽しめる事も忘れては、いけない事だ。他の日に休めるとは言っても、大部分の人が、休みの時に働くのは、イヤではないかと思うが。私達夫婦は、いつか子供達とその家族全員でどこか旅してみたいと思っている。私達は、いつでも良いが、皆の休みが、合わないといけないので、ちょっと難しいかもしれないが、楽しみにしている。
今、普天間基地問題で鳩山首相は、批判にさらされている。昨年の衆院選で、最低でも県外移設をと訴えていたが、今になってあれは、党の公約でなく、個人の公約だと述べているみたいだ。普天間の県外移設は、はなからあり得ない事は、沖縄の人達その他多数の人々は、わかっていたはずである。もしそれを実現するとすれば、日米安保条約を破棄するしかない。日本の一方的な思いいれだけを述べた政治家の悪い癖だ。選挙に勝つために夢のような事を次々とならべるが、それが、現実の選挙かもしれない。今朝の読売新聞の編集手帳に面白い事が、書かれていた。少し拝借すると、小政治家ならば、失言なる言葉も大政治家が、語れば名言で通る。ドゴール曰く「政治家は、心にも無い事を口するのが、常なのでそれを真に受ける人がいるとビックリする。」晴山陽一さんの”すごい言葉”によれば、フランス大統領に就任して5年目、1962年の発言と言う。懸案のアルジェリア危機を収めた年であり気がゆるんだのか、本音がつい口をついて出たのだろう。ある意味すごい記事である。また晴山さんは、ドゴール言葉にこう感想を述べている。「口と心の間の距離が、一番長いのが政治家という種族であるらしい」と。政治とは、政治家とはそういうものなのか?
7回戦~9回戦
7回戦、ホークスは、和田、西武は、涌井の先発で始まった。和田は、初回に1点、3回に1点、5回に2点を取られ、降板した。和田は、「自分の投球を全部悪かった。スピードは、無いし切れも悪く変化球も落ちず、曲がらなかった」と言ってたみたいだ。次回は、きっと修正して来てくれると信じている。反対に西武涌井は、今期今まであまり良くなかったようだが、この試合は、ホークスの打者を手玉に取り、8回までノーヒット、9回イ・ボムホが2塁打をかろうじて打ち、ノーヒット、ノーランを阻止した。0-4で完敗だった。
8回戦、ホークスは、杉内、西武は、許の先発、ホークスは、初回にオーティスのツーランホームランで先制した。が、杉内もあまり良くなく、走者を背負いながら、満塁も2回、本多のファインプレーなどでしのぎ、6回を投げ、SBMにつなぎ7勝目をあげた。多村も6回、自己通算150号になるホームランを打った。3-1で勝った。
9回戦、ホークスは、小椋、西武は、苦手の帆足の先発。2回に1点先制したが、ホームランで追いつかれ、4、5回にも点を入れられ1-4で負けた。ホークスは、帆足に翻弄させられた。何故か、西武には、弱いホークス、松田は、手首の骨折で戦線離脱、調子が良かっただけに痛い。イ・ボムホにすれば、チャンスだ。良い所を見せてほしい。
日本は、江戸時代260年の平和を保ってきたが、幕末ぺりー来航の事件より国内が「尊皇攘夷」の風が吹き荒れ、明治継続戦争が起こり、明治政府が樹立された。その後数多くの戦争を国内外でやってしまった。西南戦争、日清、日露戦争、第1次世界大戦、ノモハン事変、日中戦争、太平洋戦争、1945年終戦まで明治維新からわずか80年に満たない時期にこんなに多くの戦争があった。そのつど、そのつど国の事情、世界の事情があったにせよ少し驚かされる。ある学者が、「地球上の人口が、増え続ければ、地球の摂理で戦争、大災害(地震等)疫病(現代ではエイズ)等が蔓延し人口を減らしてくれるだろう」という説を訴えていた。まさに先ほどの戦争の時代が、そうであったのか。ただし、その大きな犠牲のあとで、太平洋戦争後64年間日本は、平和を保っている。憲法9条の戒めもさることながら、この国民の民度が高まり、2度と戦争をしたくないという信念的なものが生まれたからだと思う。ただし、この平和は、日米同盟で守られてきた物と認識してほしい。普天間基地問題は、なかなか解決しそうもない。戦後60数年、我々日本人は、沖縄県民にどれだけ負担を強いて来た事か。その事を国民一人一人気持として受け止めてほしい。ただ残念なのは、代替基地を1道1都2府40数県の知事が、だれも手を挙げない事である。手を挙げると県民が、ごうごうと反対をするだろう。だが、この現状を痛烈に訴えてこそ意義あるものではないだろうか。日本人が、持ってきた道徳、優しさ、男らしさ、他人への思いやり自己を犠牲にしてまで人を助けるという精神は何処に行ったのか。オリンピック誘致より余程意義がある!
文春文庫本の1~6巻に収められてる日本人の本質を長年にわたって考察してきた著者の深く洞察にもとずく歴史評論集である。その中で、日露戦争の講和条約のポーツマス条約で、日本に不平等な条件を強いられたと一部の国民が、怒りを爆発させ、日比谷公会堂で何万人という人が、条約の反対運動を行い、警官隊と衝突し、死亡者、負傷者が出たそうである。司馬氏は、この時から敗戦(太平洋戦争)への道につながるものがあったと言っている。それは、この戦争が終了して、客観的に分析した政府も軍もマスコミも無かったという事である。条約交渉中ならそれは、秘すべき項目かもしれないが、あの時点で、日本の満州における弾薬は、底をつき戦費もほとんど無い状況であった事、ロシアが、条約を飲まずに、戦争が再開されていたら、日本陸軍は、壊滅的な打撃を受け、非常に困難な事になっただろうという事である。それらの事を一部の政治家、軍人が知ってた上で、あの条約を結んだのである。何故、条約成立後公表しなかったのか、特にマスコミ関係は、この条約締結には、裏があると思わなかったのか、また、その程度だったのか。今だから批判できるというのか。その後昭和期に入る。日本陸軍関東参謀部の独走によって行われたノモハン事件、満州事変そして日中戦争の泥沼に入って行く。それはまさに統師権 を後ろ楯に行ったものである。明治憲法は、三権分立(行政権、立法権、司法権)その他統師権があったそうである。よくわからないが、国家非常時には、この統師権が、上の三権より上に位置が上がり、軍が、それを壟断して昭和の悲惨な滅亡に追いやったといえる。太平洋戦争は、軍、民間あわせて600万以上だったと聞く。二度と起こしてはならない歴史の半面教師である。
室町時代は、14世紀から16世紀である。我々日本人は、室町の子と言える。
①、今日本建築と呼んでいるのも、室町末期に起こった書院造りから出ている。
②、華道や茶道というすばらしい文化もこの時代を源流としている。
③、能、狂言、謡曲もこの時代に興りさらに日本国の行儀作法や婚礼の作法もこの時代からおこった。私達の作法は、室町幕府が、定めた武家礼式が原典になっている。
これを読んで、微かながら感銘を受けた。室町時代から連綿して続いているのかと!。
話しは変わるが、室町初期の1420年、朝鮮王国(世宗)の正史として、この時代の日本を見た朝鮮官僚がいた。今、私は、朝10時から11時まで、韓国ドラマ”大王世宋”という番組を毎日見ている。世宗と言う人は、李王朝の中で色んな改革を行った人らしい。その中で中国を模範としている、朝鮮には、通常文字は、漢字しかなく、特に民は、その文字を読みずらく文盲率が、高かった。そこで彼は、誰にでも読みやすくする「文字創製」新しい文字を作ることを考えた。それが、重臣達の猛反対を招いた。その原因は、新しい文字を作る事は、野蛮国に朝鮮はなるというのだ。世宗は、新しい文字を作る為、インド、蒙古、日本に家臣を派遣した。これらの国は、独自の文字を持っている。確かにあの時代の日本は、野蛮国にされていた。その頃の朝鮮は、確か儒教が、国教となり、身分制度が厳しい国だったが、世宗は、民の為文字創製に取り組む。李王朝は、520年続いたそうだが、初期の大王として、世宗のような人が、いなければ果たして、長く王国を維持出来たのだろうか?
今日は、寒波が押し寄せ、朝から風がひどく、雪が降っている。寒くなるとは、天気予報で、言っていたが、最高気温が、6度、真冬並で、暖かい日が続いた後だけに堪える。お昼には、雷が、鳴り出し、家が、震えるような大きな地響きが、2度程あった。まさに春雷とはこの事だろう。春雷で、冬眠している動物や虫達を目覚めさせると、子供の頃聞いた事がある。毎年、3月に入り一度は、雪が、降る日があるが、今年みたいに積もる事は、なかったと思う。対馬では、10センチ程雪が積もり、この規模の積雪は、109年ぶりだそうだ。交通機関も空の便、新幹線、海の便、高速道路の閉鎖等、大幅に乱れた。自然の事なので、仕方ないと思うが、予定のある人には、大迷惑だ。幸い、私は、現役を退き、何の予定もなく、外出しなくて、家で、暖かくして過ごす事が、出来たが、大勢の現役で働いてる人、学生さん達に申し訳ない気がする。たぶんもうこんなに寒くなる事は、無く、暖かくなって来るだろう。桜の花ももうすぐ咲く事だろう。
卒業式のシーズンになり、地域の中学校で、昨日卒業式が、行われた。その中の1校が、今年限りで、最後の卒業式となったとニュースで知った。また、一つ学校が、減る。6,7年前に小学校、中学校、高校の合併があり、出身校が、無くなり寂しい思いをしたが、又今回、少子化が、止まらないという事だろう。私達の年代は、団魂の世代と呼ばれ、一クラスに60人程の人数で、教室いっぱいに机が、並べられていた。それに一学年6~11クラスあり、活気にあふれていたと思う。孫の小学校では、一クラス30人、一学年、1~2クラス、先日、発表会に行ったが、児童の少なさを目の前で見て、ビックリした。このまま、少子化が、進むと日本は、どうなるのか。子供手当てが、可決され、政府も対策を考えているようだが、若い夫婦が、子供を作って育てたいと思える世の中を作って行かなくてはならない。子供の声で、賑わう町に早くなってほしい。年寄りばかりでは、なんとも寂しい
朝青龍問題について、彼が、モンゴルに帰り色々な事をしゃべっていたが、それをマスコミがなぜ取り上げるのかが、良くわからない。もう終わった人なのではないか。それとも他にニュースとか話題が、無いのか。ただ彼の発言を聞くとたとえば「相手にケガをさせていない」「30回は優勝できた」あるいは日本の放送局のレポーターが、質問すると、それを無視して今日は、モンゴルだけの質問を受けるなどと言っていた。29歳の教養のかけらも無いただの若者である事が、これではっきりしたでは無いか。単なる子供なのだと思う。まだまだ尻の青い、それこそモンゴルあざが、尻に残っている若者なのだ。彼一人の問題では無いとおもうが、どうだろうか?相撲の春場所が、始まった。一人横綱になった、白鵬もすごく重圧が、かかると思うが、それを跳ね飛ばし、がんばって相撲を盛り上げてほしいと思う。それと、地元出身の魁皇が、幕内在位100場所目となった。史上初だそうだ。ぜひ勝ち越してほしいと思う。
核密約について、やはり密約が、あった事が、判明した。わかっていた事だったが、政治家が、いかにウソつきかが、またまた判明した。自民党時代の歴代の首相、外務大臣が、密約等は無いと断言している。マニフェスト、選挙公約にしてもしかり、出来そうにも無い事を言う、しかも断言して言う。これらの事は、出来なければ、誰かが言っていたが、勇気を持って、国民に、支持してくれた選挙民にすなおに詫びて、そこから出直すべきではないか。なぜ日本人は、男らしさ、すがすがしさは忘れたのか。戦後教育に問題があったのか、言い逃れする話術を学んで来たのか?。しかも総理大臣がだ。しかし、それを選んで、国の運命を任せたのは、国民ひとり一人だ。結局は、国民の民度にかかわって来るのか?若者の多くが、政治に無関心なはずだと思う。無党派層とは、政治に関心を向けてない層なのか、あるいは、政治不信になっている層か、はたまたノンポリなのか良くわからない。
今後の政局のゆくえは、どうなるのか?。鳩山、小沢、両氏の献金問題やマニフェスト違反、普天間基地問題、その他諸々の問題で、民主党、社民党、国民新党の三党連立は、今後難しくなるのではないか。またこのまま参院選に入っても民主党は、単独過半数を取れないというのが、マスコミ全般の予想のようだ。ならば、民主党は、またどこかと連立を組むのか?。その相手は、公明党か、みんなの党か、それとも新党を結成するある党か、ますます政局は、おもしろくなっていく。親兄弟は、他人の始まりと言うが、鳩山兄弟もまさにその見本だと思う。政敵とは言えなぜ弟は、兄の事を色々悪く言うのだろう。ねたみとしか思えない。かって二人は、同じ自民党に属していたのだ。金と政治は、血縁さえも無くしてしまうものなのか。権力志向の人間は、本当に恐ろしい。政治と言う舞台は、まさに伏魔殿的な所がある。昔から権力争いにより、親兄弟が、血と血で争ったものだ。人間の歴史は、その繰り返しだ。
今日は、とても風が強く、日差しは、あったが、肌寒い一日だった。お昼前、テレビを購入する為皆で、出かけた。来年7月までで、地デジに移行される。今見ているテレビは、何とも無く、まだ見れるのにもったいないと思うが、生命保険の満期のお金が、下りたので、思い切って、買う事にしたのだ。電気屋さんに行くと、大きなテレビが、たくさん並んでいる。やはり液晶、プラズマは、画面が、きれいだ。色々みたが、おき場所のサイズもあり、手ごろなところで、手を打った。明日には、配達してくれるそうだ。楽しみだ。
私の家に始めてテレビが、来た時の事を思い出した。小学3,4年だった。学校からの帰り、父に会いテレビが来た事を知り、走って帰った。よくチャンネルをかちかち回して、叱られたものだ。もちろん白黒テレビ、それが、カラーテレビになり、地デジになり、見るだけでなく、参加する事もできる。また、3Dのテレビも出来てるようで、どんどん進化している。
マグロの禁輸でモナコ提案の件は、日本側の勝利に終わった。まだ油断が出来ないが、それでも圧倒的に反対票が、多かったのには驚かされる。大きくは、アフリカや中東勢が、日本に味方したものと思われる。それとは、別に近大マグロと言う養殖マグロを生産していると言う。しかも卵から生育されて市場に出している。安全性も良く味の方も良いそうだ。一層それなら、日本として輸入に頼るのでなく、養殖マグロを日本全国に拡大していけば、この問題に悩まずにすむのでは無いかと思うが、如何なものだろう。
それとは別に、鯨の事で特に調査捕鯨の事について考えた。かってアメリカは、大量に鯨を殺しそれを油にした。過去は過去かもしれないが。日本の明治以前は、日本的な考え方、食文化のせいもあって、他の動物をたくさん殺すような事はなかった。だが、欧米は、違う。食文化特に肉食主義の為、牛、豚、にわとり、となかい、やぎ、羊等多くの動物を殺し、それを食料にしてきた。今もそうである。また、オーストラリアは、カンガルーが、羊が、食べる草を食べる為、年間何万頭をも殺しているそうだ。これら欧米やオーストラリアは、捕鯨に反対している。鯨を捕るのは、かわいそうだとか、絶滅するからとか、この論理を私は、全く理解出来ない。人間は、自分達の生存の為あえて他の動物を殺し、これを食料にしてきた。今、食べている肉は良くて、何故鯨はいけないのか、答えを教えてほしいものだ。
私が、小説に触れたの年は、中学生の頃だった。姉が、パールバックの”大地”をもっていたのを借りて読んだ。又、太宰治の”人間失格”を読んだが、その頃はさっぱり理解できなかった。その後、小説を読むことから離れたが、25歳頃司馬遼太郎の”竜馬が行く”を読んで、司馬の大ファンになり彼の小説を80%以上読み込んだ。彼の作品は、所謂鳥瞰的な目で、歴史上の人物を分析するそうだ。だから彼の作品は、”義経”に始まり、ほとんどが歴史上のその時代にある役割を果たした人物を主題にしている。戦国時代では、信長、秀吉、家康等、幕末末期には、坂本龍馬、高杉晋作等、明治期には、西郷隆盛、大久保利光等である。そして彼の作品の中で、数十回読み繰り返しをしたのは、”坂の上の雲”と言う作品である。その後の作品は、あまり読んでいないが、”街道を往く”は、是非読みたい作品である。司馬作品に何か物足りなさを感じた時に出会ったのが、藤沢周平の作品である。
司馬遼太郎の作品に何か物足りなさを感じた時に、藤沢周平の”用心棒日月抄”と言う作品に出会い、それから彼の作品の虜になった。藤沢は、司馬と違って、歴史上の人物をほとんど書いていない。その作品は、江戸時代の町人物、武士物で、町人、百姓、武士の心理に深く切り込み、独特な味わいを作品にかもし出している。彼の作品は、映画の山田監督が、何本か映画化しているが、山田監督は、こう言っている。「私は、江戸時代の武士、町人百姓が、毎日どんな生活をしていたかどんな資料を見ても良くつかめない。朝、何時に起き、朝食は、何を食べ、城に出仕し何時に帰り、その間昼の食事は、どうしたのか、夜は、何時に食事をしたのか、さっぱり分からない」と。私は、この言葉に唖然とした。小説は、あくまでフィクションであるが、過去の時代の生活様式や思想や習慣、宗教道徳が、如何なるものであるかが、今の時代からほとんどわからないのではないか、作家の想像力のみで描かれているのかと、自分の馬鹿さかげんに気がついた。
歴史上の流れの中で人間世界は、その時代、その時代の価値観があり、その時には、そうするしか仕方なかったのだろう。戦争も植民地も奴隷も、人間自身の都合の良いように考えて、多くの人間を犠牲にしてきた。その繰り返しの中でやっと今がある。今は、大丈夫だろうか?
次に私が、虜になったのは、大沢在昌の”新宿鮫”と言う刑事ものだ。特にこの作品のシリーズの中では、第2の作品”毒猿”が、すごく印象に残った。この”新宿鮫”シリーズは、全部読んでいる。その他、彼の作品もほとんど読みこなした。現代小説の中では、一番気に入った作品ばかりだ。もう一つ私を虜にした作家が、佐藤雅美だある。彼女の”居眠り紋蔵”だったか江戸時代の役人の話で、このシリーズもほとんど読み、その他の作品も読み明かした。彼女は、藤沢周平にせまる作品をこれからも書くだろうと、私は、期待している。これからもまた、虜になるような作家が、出てきてくれる事を、願っている。
自分は、この10年来から隠れ小沢一郎ファンだった。彼のヒール的な顔と豪腕ぶりは、何かと期待させるものがあった。それは、この国を2代政党時代にさせると言う目標だったように思う。がしかし、今の民主党イコール小沢幹事長のやり方は、今度の生方副幹事長への処分を見てもどうやら見誤ったらしいと思う。自民党もかつてゴタゴタした。元小泉首相は、自民党をぶっ壊すと言って、総裁になり、首相になった。その壊れが、今の自民党に起こっている。簡単につぶれないと思うが、民主主義は、いわば数の論理で議会の定数以上の賛成があればほとんど法律化してしまう恐れがある。それを防げるのは、国民でしかない。今度の参院選で何が何でも小沢幹事長は、定数以上の議席を獲得したいようだが、果たして今のままではどうだろうか?。鳩山首相の首、小沢幹事長の首が、飛ばなければもう民主党に勝ち目がないと思うがー。支持率も下降線だ。後は、この国の民度に問うしかない。
3月26日の試合では、オリックス対ホークス2-1の6回に森福投手を出し何とか0点に押さえた。それは、ラッキーな面があったと思う。しかし内容は、メロメロだったと素人考えだが、7回にも森福を回をまたいで登板させた。この起用が失敗でノーアウト1塁3塁の場面を作り、あわてて水田投手に変えたが、水田も打たれだし後は、メロメロ。9回大場にいたっては、8点も取られている。私は、なぜ7回頭から水田を持って行かなかったか疑問に思う。水田投手は、確かに死線をくぐり抜けピンチを救ったが、ノーアウト1塁3塁での登板は、かなりきついと思う。確かに7回水田から始まっても打たれていたかもしれないが、ランナー無しの登板では、気持ちの持ち方が違うだろうと思う。まして1点差なのだ。誰かが言っていたが、「変えて後悔するより、変えなくて後悔するほうが大きい」と。今の秋山監督の起用法には、それが目立つ。野村前監督は、私は、好きではないが、投手の起用法について、自分のミスは、ミスとして認めていた。このままでは、ホークスの未来に暗雲が、立ち込める。いつまでも小久保、松中ではあるまい。彼らは、野球界の中では、ロートルなのだ。力は、十二分に落ちていると思う。若い選手の発奮を期待する。
話は飛ぶが、26歳の頃、ある生命保険会社に入社した。研修の中で机上教育があり、自分の隣に座った人が、北九州に本社のある地元では有名な電気会社の6男であった。なぜわかったかと言うと、北九州出身で苗字が、その電気会社と同じである。東京弁で話すが、山の手の人が使う言葉で、話し方が、雅やかで何より驚いたのは、いつも膝に白いハンカチを置き、食事が終わるとそれで丁寧に拭いていたことで、ちょっと自分とは、生まれが違うと思った。ある日意を決して聞くと、やはり、その電気会社の息子だった。その彼は、現場の主任になり、1年で辞めた。その理由は、現場の事務所が、会社らしくないと言う事であった。当時営業所は、女性が多くオバタリアン的な人が多く、机の上は、菓子だらけ、営業所内でペチャクチャしゃべり中々腰を上げない雰囲気の現場だったらしい。庶民と山の手のお坊ちゃんでは、肌が合わないはずである。今までの話の中で、鳩山由起夫、鳩山邦夫兄弟の一端が、少なからずわかるのではなかろうか。
鳩山首相の育ちは、庶民感覚では、はかり知れないものがあるように思う。過去若い頃、彼は、「秘書が、やった事は、政治家の責任であり、私ならすぐバッチを外す」と言った。あれは、何であったのか。日々人は、変わるものだと言う人もいるが、政治家は、信念を持ってほしいし首相と言うリーダーシップが、あまり取れていないのではないか。亀井さんが、首相のように見えるのは、私だけか?次に弟の邦夫代議士である。以前彼は、あるインタビューでアルカイダを知ってる人を知っているとか、今度も坂本龍馬のようになり、平成の維新改革を目指すと言って、一人自民党を離党した。何でも色々な党で、通算5回目だそうである。マスコミに少し騒がれるのが好きなほうであり、誰も今の所彼には、ついて行っていない。一種のパフォーマンスとしか見えない。何でも学歴は、東大法学部だそうで、同じ同級生の舛添代議士の方が、利口に立ち回っているのではないか。彼の目指すのは、国のトップだろうと思う。
この前この人の会見を聞いた。開き直りとも取れる発言であった。第一番目に交際している女性が、発覚し週刊誌に写真を撮られていた。事実かどうかはっきりしていないが、これが、芸能人だったら何の問題も無い。だって彼は、独身であり恋愛は、自由だからだ。ただ、彼は、大臣で国の警察、公安関係のトップではないか。自分の身辺にきびしく注意すべきではないかと、思う。写真は、本当かどうかわからないが、路上で美人ホステスと深夜キスをしていた所をとらえている。彼は、作ったものだと言っている。マスコミ、特に週刊誌類は、この手の記事探しに目の色を変えてやっている商売なのだ。いわゆる売れなければ倒産へとつながる業種なのだ。甘く見てはいけない。映画を見る事は、誰も文句は言えないが、その時地震があり、彼の携帯に連絡が入った。その連絡で、彼は、地震があった事を知り、その地震が、震度3程度で問題無いとの事で、その後も終わりまで、見たと言う話だった。
普通の人なら良い。だが、彼は、この国の防災を束ねる最高の責任者である。少したとえは悪いが自分の家でボヤ程度の火事があり、家族から電話があったとしよう。よほど重要な事が、わが身に起きてない限り、一般的にその家の主人は、真っ先に飛んで帰るだろう。国を守る大臣ならすぐに担当部署に戻るべきではないか。映画もオチオチ見られないはず。ボヤと震度3の地震とを比較するつもりはないし、少し酷のようにも思うが、大臣なら、国民としてそう対応してもらいたい。あなたには、睡眠時間以外あるいは、24時間プライベートな時間はない。その為に貴方は、国民の税金で年間何千万という高い給料をもらっているのです。この国を守る気持ちを本当に持っているのかと言いたい。この国で働いて、税金を納めている多くの会社、サラリーマン、自由人、芸能人、その諸々の職業の人と違って、貴方は、この国を守る為にこの職についているはずだ。それが厳しいというなら、大臣を今すぐにでも辞めるべきだと思うが、どうでしょうか?
自分が、韓流ドラマにはまったのは、”冬のソナタ”を見てからだ。再放送も見る程はまった。韓流ドラマは、あまり好きではなかったし、その頃、すでに多くの人々を魅了していた。自分は、会社の人の進めで見始めはまったのだ。昔、今の若い人は、知らないだろうが、吉永小百合、浜田光男等、日活の青春映画を連想させる。ある頃日本人が、持っていた友情、恥じらい、愛の表現が、”冬のソナタ”で今よみがえったと思った。それで、あの爆発的な韓流ドラマが、始まったのだ。特に男優がイケメンで、女優が、綺麗で可愛さもある。韓国は、美容整形が、多いのでフト疑ってしまう。またカメラワークが、見事で美しく、場面場面の景色が、実に鮮やかだ。ただ、ストーリーが、あまりいただけない。愛し合う男女が、兄妹であったり、記憶を失ったり又、本当は、兄妹ではなかった等、この手の恋愛物は、その繰り返しだが、なぜか人を惹きつける。次は、韓国の時代劇、”大王四神”である。仕事の都合で、全ストーリーは見ていないが、再放送があれば1話から、すべて見てみたい。
今、はまっているのは、韓国時代劇の”イ・サン”で、かかさず見ている。昨年の夏ごろから始まった。李の朝鮮王朝22代王、正祖の物語である。時は、1776年前後の話で、彼は、朝鮮王朝史の中でも高い評価を得ている。民を慈しみ身分の差別を超えて、王朝の役人に仕えさせたり、農業の改革、自由市場経済、また役人の汚職を厳しく取り締まった。実際500年以上も続いた王朝としては、ワイロが、はびこっていたのだろう。彼の子供の頃の友達の男女とのからみ、ノ論派の策略で何度も刺客に襲われる。女友達との愛の行方、そして二人の思いを歌った歌が流れると特に切なく、悲しく歯がゆい思いをさせられる。74話あるそうで、今は、33話までで、あと半分ぐらい残っている。この作品は、最後まで見続けたいと思う。このドラマのガイド本も出版され購入した。韓国の王朝史にも少し興味が、わいて来た。これから、勉強してみようかと思う。本当におもしろい作品だと思う。
卒業式のシーズンになった。卒業式と言えば、私の高校の卒業式、当日に違反などしたことの無い、まじめな友達が、髪の毛を、くるくるカールをしてきた。皆、ビックリ!(髪をカールするのは、校則違反)先生もどうして?と言う顔をしていたが、大目に見てくれて、何も言われなかったと思う。今までで、自分の卒業式をふくめ3人の子供の卒業式に出席しているが、一番感動した卒業式は、長男の幼稚園の卒園式、式が始まり、園児が、♪春の事です思い出してごらん♪と言う歌を唄いだしたとたん、幼稚園に入ってからの出来事が、走馬灯のように、頭の中で通り過ぎ、私から離れなかった入園式から、ここまで成長したと言う思いで、涙が、止まらなっかた。卒業と言うと、別れを連想するが、また新しい出会いへと向かう、出発点でもある。人生の卒業は、死を迎える時では、ないかと思う。それまでは、良い卒業が、出来るように、自分を高めていこうと、思っている。なかなかむずかしい事だが。