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2010年07月 アーカイブ

2010年07月01日

小説について

自分は、作家の中で、司馬遼太郎、藤沢周平、佐藤雅美、大沢在昌が好きだ。彼らの作品は、読み応えがあり、一字一句面白さを増してくる。ただそれでも少し駄作的な箇所はある。そういう時は、読み手をだらけさせる。松本清張は、偉大な作家だが、どうもフィクションの中で、現実ばなれした事を書いている事がある。小説は、フィクションだが、読者は、現実にありそうな事を求めるものだ。上の4人は、それがない。創作的な面を目一杯広げて、いかにもあったような錯覚に読者を落とし入れる。しかも一字一句が、格調高く、読み手をぐんぐん小説の世界へと入りこませる。この4人の作品を何度徹夜で読んだ事だろう。だが、残念な事に司馬氏と藤沢氏は、この世にいない。彼らに続く作家はいないものかと思うこの頃である。私が、勧める4人の作家の代表作は、司馬遼太郎「坂の上の雲」藤沢周平「用心棒日月抄」佐藤雅美「物書き同心居眠り紋蔵」大沢在昌「新宿鮫」である。どの作品も読み応えがあり、是非一度読まれることを勧める。ただ、残念なのは、私の勉強不足かもしれないが、彼らに続く作家が見当たらない事である。何十人か他の作家を読んだが、物足りない、読んで惹き付けられない作品ばかりだった。

2010年07月06日

最近のテレビ

自分は、50年弱テレビを見続けているが、今では、日本のテレビ番組をほとんど見ない。見るとすれば、NHKの「龍馬伝」とプロ野球ぐらいである。他の番組には、辟易している。何か同じような番組や、笑わす為に無理に作っている番組、クイズ番組が当たれば、柳の下の二匹のどじょうではないが、次々に同じ番組が出てくる。いいかげんうんざりする様な番組ばかりである。今、私が見ているのは、韓国、中国ドラマ、それも時代劇である。韓国の時代劇として、太王世宗、女人天下、ホ・ギュン、善徳女王、風の国、チュオクの剣、妖婦、イ・サン、中国の時代劇は、少林寺、大敦煌である。これらは、NHKや民放の衛星放送で放送されているが、どれも面白く新鮮な気持ちで見ている。と同時に韓国の歴史に深い興味を持ち、今その歴史を勉強中である。私個人の考えだが、日本は、中国、韓国から古代より多くの物を取り入れた。それは、多くの人であり、書物、色々な技術、稲作等多方面にわたる。いわばそれらの国々にかなり恩恵を受けている。顔も体格も中国人、韓国人、日本人は、非常に良く似ている。ここでかなり飛躍するが、何百年後先、この三つの国は、一つに統合されて、アメリカ、EU、ロシアに対抗できる大国になるのではないかと想像を膨らませる。

2010年07月09日

秋山ホークスの戦い方について

交流戦が、始まってホークスは、最初の試合中日戦で2連敗した。その後ヤクルト戦で2連勝したが、その戦いについて批判したい。確かヤクルト戦2戦目、小久保の2ラン、3ランで6回まで5-2で勝っていた。投手杉内は、6回まで投げていたのだが、素人の目の私は、彼がもうめ一杯の投球だと思っていた。すると7回無死から、ヒットを2本打たれノーアウト一塁、二塁とした。その後、ガイエルにスリーランを打たれ、5-5の同点となり、結局延長戦になり、摂津を2回、馬原を2回投げさせ、最後は、ファルケンボークで押さえ本多が打ったタイムリーで6-5で勝った。結果から批判するつもりはない。首脳陣は、何故7回からSBMを投入しなかったのか。せめてノーアウト一塁二塁の時点でも摂津に代えるべきではなかったのか。杉内は、エースであり、本人も投げたいと言っていたのかもしれないが、勝つためには、杉内と言えども代えるべきだ。杉内は、ホームランを打たれて、座り込んだそうだ。この展開で悪いのは、7回から摂津を使っておれば、杉内は、勝ち投手になり、気分良く次回も投げられたに違いない。首脳陣特に秋山采配のお粗末さで、摂津、馬原を2回づつ投げさせた事は、反省してほしい。それが、次回の阪神戦で如実にでた。馬原が打たれ、摂津も打たれ2-1で勝っていたのを逆転された。小椋投手は、7回まで1失点の好投をしていた。結局ヤクルト戦の2回戦が、負の連鎖でつながったと思う。今年は、こんな試合を何試合か見せられた。投手の代え時は、難しいと思うが、次に生かしてほしいものだ。

2010年07月15日

親子旅行

私は、三姉妹の長女、母はすぐ近くに、すぐ下の妹は静岡に、末の妹は車で一時間の所にそれぞれ住んでいる。すぐ下の妹には、なかなか会えず、帰ってくるのも大変。それで、今回母娘で旅行に行こうと言う事になり、初めて一泊旅行に行った。父は、4年ほど前に亡くなり、一緒に行く事は、叶わないが、母も年なのでこの機会を逃さないよう、着々と準備を進め、行先は、静岡との中間点の神戸に決め、温泉に泊まろうと言う事で、有馬温泉に一泊と決めた。今回は、少し贅沢に食事の良い旅館にした。いよいよ当日、母も早くから目が覚めたのか、予定の時間より1時間早く私の家に迎えに来る。末の妹と新幹線の駅で合流し、神戸へ向かった。新幹線は、ビジネス客で結構混んでいた。中の妹は、我々より10分遅れで到着、久しぶりの再会に母も喜んでいた。市内の名所を回る、ループバスに乗り、異人館、中華街、ポートタワー等周る。私の住んでいる所も坂道が、多いが、異人館の所は、急な坂道ばかり、修学旅行の生徒や、韓国の観光客も目立った。夕方、有馬温泉の直行バスに乗り、無事旅館に到着。ここも山の中で、坂道ばかり、ここの温泉は、鉄分が多く塩分が入っている金泉と無色透明の銀泉の2種類があるそうだ。豊臣秀吉もよくここの温泉に入りに着たようで、太閤の湯殿と言うのが残されていた。食事も期待した通り、豪華で手が込んでいた。話も弾み、とても楽しい食事だった。温泉もとても気持よく、大満足。翌日は、あいにくの雨で六甲山に行く予定を中止にして、市内へもどり、お土産を買い、夕方、また行こうと約束し、中の妹と別れる。母も足を鍛えて、元気でいるからと意欲満々。それぞれの家族には、迷惑をかけたが、おかげで、楽しい旅が、出来た。感謝である。

2010年07月20日

井沢元彦「逆説の日本史」から

自分は、若い時から、何故豊臣秀吉は、朝鮮を攻めたのか、これを疑問に思っていた。つたない情報では、淀君が生んだ最初の子が、早く死んだから、その悲しみの埋め合わせとか、秀吉は、かなりもうろくして、奇想天外な事を考えたとか、色々あったが、今回、井沢氏の「朝鮮出兵と秀吉の謎」を読んで、かなりの事がわかった。明と朝鮮への侵略は、まず最初に織田信長が、考えていて、それを秀吉が、受け継いだと言う説。それともう一つ大きな要素は、確かに豊臣秀吉によって、 天下は統一されたが、天下が安定すれば、兵隊の失業が、始まると言う事である。あの頃、足軽以上の兵隊は、40万人以上いたという。その何割かは、大名などに仕える事が出来るが、後は、浪人するか、百姓にもどるかどちらかである。兵の不満は、つのるはずだある。中国の場合このような時は、その余った兵を異国の征伐に使った。その意味で、豊臣秀吉は、余った兵の使い道として、朝鮮、明への出兵に繋がったと井沢氏は、考える。むろん、計画では、朝鮮を通じて、明に行き、明との交易を望む事が、最初は、目的であったはずだが、外交交渉で明から、拒絶されそれが、1592年の文禄の役(第一次出兵)につながったと言う事である。少し歴史の謎が解けたつもりだが、井沢氏の解釈に敬意を表する。

2010年07月25日

衣替えで思う

今年も衣替えの季節になったが、何故か今年は、いつまでも寒く、5月末だというのにまだ炬燵が、かたづけられない。衣替えもまだ早いかと思ったが、時間があったので、夏物を出し、冬物を片付けた。毎年思う事だが、今年一年着て、始末しようと思い着た服を、始末できず又しまってしまう。何ともなってないが、色が少しアセたり、流行遅れだったり、もう着ない服も始末しようと思うが、貧乏症で、なかなか捨てる事ができない。誰かが、2,3年着ない服は、処分すると言っていたが、もったいなくて私には出来ない。そうは言っても、着ない服をなおす場所もないし、服もかわいそうだ。着古した服は、ダメだが、まだ新しく着れる服は、持ち寄って、交換出来るようにしたらどうだろう。古着屋さんや、フリーマーケット、バザー等あるが、お金を取らないで、服を持って行った人は、どの服でも交換できる。自分には、もう着ない服も、他の人には、新鮮でまた着れるかもしれない。そんな事を考えながら、夏、冬入れ替えたが、まだ夏服は当分、着ないかな。

2010年07月31日

宗教の不思議性

私自身、宗教について長らく日本の宗教のあり方についてクリスマスのキリスト教、正月の神社への参拝、葬式等には仏教と何の疑問も無く受け入れてきた。日本人の受容性というものか、そこにあるもの昔からの習慣や伝統を受け入れる心が、少なからずあったからだ。だが、ある時期、フト疑問に思った事がある。何故、人間は、戦争と言う殺し合いを重ねてきたのか。仏教もキリスト教もマホメット(回教)その他色々な宗教は、人間の幸福を願い、平和を願うものではないのか。その宗教的な側面からみれば、殺し合いが続いた今日、今もテロやある種の戦争が、起きている事が、不思議だならない。今日ある本を読んだ。以前読んだ事のある司馬遼太郎の「この国のかたち」だ。その中に「本来の仏教と言うのは実にすっきりしている。人が、死ねば空に帰する。教祖である釈迦には、墓がない。無論十大弟子にも墓がなく、おしなべて墓という思想すらなく、墓そのものが、非仏教的なのである。」この文章を読んでいる内に宗教と言う物は、何かとつくづく考えさせられた。私の家にも仏壇があり、先祖の墓もある。だが、本来仏教(釈迦が教えを説いたころの仏教)には、そんな物はない。自分のつたない頭で考えるのは、所詮仏教、キリスト教、回教と世界三大宗教、その他諸々の宗教は、人間の頭で作り出したものではないかと言うことである。この世に神や仏は、居るはずがなく、居れば、この人類の悲惨な殺し合いを見逃すはずは無く、とっくに手を差し伸べているはずである。そこに至って自分は、これらが一種のまやかしであって、結局は、無神論者になっていく。

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