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司馬遼太郎「この国もかたち」より

室町時代は、14世紀から16世紀である。我々日本人は、室町の子と言える。 ①、今日本建築と呼んでいるのも、室町末期に起こった書院造りから出ている。 ②、華道や茶道というすばらしい文化もこの時代を源流としている。 ③、能、狂言、謡曲もこの時代に興りさらに日本国の行儀作法や婚礼の作法もこの時代からおこった。私達の作法は、室町幕府が、定めた武家礼式が原典になっている。 これを読んで、微かながら感銘を受けた。室町時代から連綿して続いているのかと!。 話しは変わるが、室町初期の1420年、朝鮮王国(世宗)の正史として、この時代の日本を見た朝鮮官僚がいた。今、私は、朝10時から11時まで、韓国ドラマ”大王世宋”という番組を毎日見ている。世宗と言う人は、李王朝の中で色んな改革を行った人らしい。その中で中国を模範としている、朝鮮には、通常文字は、漢字しかなく、特に民は、その文字を読みずらく文盲率が、高かった。そこで彼は、誰にでも読みやすくする「文字創製」新しい文字を作ることを考えた。それが、重臣達の猛反対を招いた。その原因は、新しい文字を作る事は、野蛮国に朝鮮はなるというのだ。世宗は、新しい文字を作る為、インド、蒙古、日本に家臣を派遣した。これらの国は、独自の文字を持っている。確かにあの時代の日本は、野蛮国にされていた。その頃の朝鮮は、確か儒教が、国教となり、身分制度が厳しい国だったが、世宗は、民の為文字創製に取り組む。李王朝は、520年続いたそうだが、初期の大王として、世宗のような人が、いなければ果たして、長く王国を維持出来たのだろうか?

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2010年09月19日 00:13に投稿されたエントリーのページです。

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