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      <title>日記や備忘録</title>
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      <description>ニュースの事や日常の出来事など様々に書きます。</description>
      <language>ja</language>
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         <title>衣替えで思う</title>
         <description>今年も衣替えの季節になったが、何故か今年は、いつまでも寒く、５月末だというのにまだ炬燵が、かたづけられない。衣替えもまだ早いかと思ったが、時間があったので、夏物を出し、冬物を片付けた。毎年思う事だが、今年一年着て、始末しようと思い着た服を、始末できず又しまってしまう。何ともなってないが、色が少しアセたり、流行遅れだったり、もう着ない服も始末しようと思うが、貧乏症で、なかなか捨てる事ができない。誰かが、２，３年着ない服は、処分すると言っていたが、もったいなくて私には出来ない。そうは言っても、着ない服をなおす場所もないし、服もかわいそうだ。着古した服は、ダメだが、まだ新しく着れる服は、持ち寄って、交換出来るようにしたらどうだろう。古着屋さんや、フリーマーケット、バザー等あるが、お金を取らないで、服を持って行った人は、どの服でも交換できる。自分には、もう着ない服も、他の人には、新鮮でまた着れるかもしれない。そんな事を考えながら、夏、冬入れ替えたが、まだ夏服は当分、着ないかな。</description>
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         <pubDate>Fri, 03 Feb 2012 23:11:24 +0900</pubDate>
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         <title>井沢元彦「逆説の日本史」から</title>
         <description>自分は、若い時から、何故豊臣秀吉は、朝鮮を攻めたのか、これを疑問に思っていた。つたない情報では、淀君が生んだ最初の子が、早く死んだから、その悲しみの埋め合わせとか、秀吉は、かなりもうろくして、奇想天外な事を考えたとか、色々あったが、今回、井沢氏の「朝鮮出兵と秀吉の謎」を読んで、かなりの事がわかった。明と朝鮮への侵略は、まず最初に織田信長が、考えていて、それを秀吉が、受け継いだと言う説。それともう一つ大きな要素は、確かに豊臣秀吉によって、

天下は統一されたが、天下が安定すれば、兵隊の失業が、始まると言う事である。あの頃、足軽以上の兵隊は、４０万人以上いたという。その何割かは、大名などに仕える事が出来るが、後は、浪人するか、百姓にもどるかどちらかである。


兵の不満は、つのるはずだある。中国の場合このような時は、その余った兵を異国の征伐に使った。その意味で、豊臣秀吉は、余った兵の使い道として、朝鮮、明への出兵に繋がったと井沢氏は、考える。



むろん、計画では、朝鮮を通じて、明に行き、明との交易を望む事が、最初は、目的であったはずだが、外交交渉で明から、拒絶されそれが、１５９２年の文禄の役（第一次出兵）につながったと言う事である。少し歴史の謎が解けたつもりだが、井沢氏の解釈に敬意を表する。</description>
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         <pubDate>Fri, 03 Feb 2012 09:10:27 +0900</pubDate>
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         <title>親子旅行</title>
         <description>私は、三姉妹の長女、母はすぐ近くに、すぐ下の妹は静岡に、末の妹は車で一時間の所にそれぞれ住んでいる。すぐ下の妹には、なかなか会えず、帰ってくるのも大変。それで、今回母娘で旅行に行こうと言う事になり、初めて一泊旅行に行った。父は、４年ほど前に亡くなり、一緒に行く事は、叶わないが、母も年なのでこの機会を逃さないよう、着々と準備を進め、行先は、静岡との中間点の神戸に決め、温泉に泊まろうと言う事で、有馬温泉に一泊と決めた。今回は、少し贅沢に食事の良い旅館にした。いよいよ当日、母も早くから目が覚めたのか、予定の時間より１時間早く私の家に迎えに来る。末の妹と新幹線の駅で合流し、神戸へ向かった。新幹線は、ビジネス客で結構混んでいた。中の妹は、我々より１０分遅れで到着、久しぶりの再会に母も喜んでいた。市内の名所を回る、ループバスに乗り、異人館、中華街、ポートタワー等周る。私の住んでいる所も坂道が、多いが、異人館の所は、急な坂道ばかり、修学旅行の生徒や、韓国の観光客も目立った。夕方、有馬温泉の直行バスに乗り、無事旅館に到着。ここも山の中で、坂道ばかり、ここの温泉は、鉄分が多く塩分が入っている金泉と無色透明の銀泉の２種類があるそうだ。豊臣秀吉もよくここの温泉に入りに着たようで、太閤の湯殿と言うのが残されていた。食事も期待した通り、豪華で手が込んでいた。話も弾み、とても楽しい食事だった。温泉もとても気持よく、大満足。翌日は、あいにくの雨で六甲山に行く予定を中止にして、市内へもどり、お土産を買い、夕方、また行こうと約束し、中の妹と別れる。母も足を鍛えて、元気でいるからと意欲満々。それぞれの家族には、迷惑をかけたが、おかげで、楽しい旅が、出来た。感謝である。</description>
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         <pubDate>Mon, 23 Jan 2012 19:08:55 +0900</pubDate>
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         <title>小説について</title>
         <description>自分は、作家の中で、司馬遼太郎、藤沢周平、佐藤雅美、大沢在昌が好きだ。彼らの作品は、読み応えがあり、一字一句面白さを増してくる。ただそれでも少し駄作的な箇所はある。そういう時は、読み手をだらけさせる。松本清張は、偉大な作家だが、どうもフィクションの中で、現実ばなれした事を書いている事がある。小説は、フィクションだが、読者は、現実にありそうな事を求めるものだ。上の４人は、それがない。創作的な面を目一杯広げて、いかにもあったような錯覚に読者を落とし入れる。しかも一字一句が、格調高く、読み手をぐんぐん小説の世界へと入りこませる。

この４人の作品を何度徹夜で読んだ事だろう。だが、残念な事に司馬氏と藤沢氏は、この世にいない。彼らに続く作家はいないものかと思うこの頃である。

私が、勧める４人の作家の代表作は、司馬遼太郎「坂の上の雲」藤沢周平「用心棒日月抄」佐藤雅美「物書き同心居眠り紋蔵」大沢在昌「新宿鮫」である。どの作品も読み応えがあり、是非一度読まれることを勧める。ただ、残念なのは、私の勉強不足かもしれないが、彼らに続く作家が見当たらない事である。何十人か他の作家を読んだが、物足りない、読んで惹き付けられない作品ばかりだった。</description>
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         <pubDate>Tue, 03 Jan 2012 19:06:27 +0900</pubDate>
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         <title>坂本龍馬について</title>
         <description>今、ＮＨＫで龍馬伝を放送していて、すごいブームになっている。自分が坂本龍馬を知ったのは、２０歳の頃、司馬遼太郎作「龍馬がゆく」だった。むさぶる様に読んだ。作者は何故薩長同盟ができたのか、長州の桂小五郎と薩摩の西郷隆盛を引き合わせ、見事に同盟を結ばせた。同盟できる状況ではなかった。何故なら、薩摩は、数年前会津藩と手を組み長州が暴走した。「蛤御門の変」で長州藩に手痛い打撃を与えたからだ。その両藩を結びつけた坂本龍馬の人間的な魅力、大きさ、それを知りたくて「龍馬がゆく」を書いたと言っている。今、ＮＨＫの龍馬伝は、すごい人気だそうだ。主役の福山雅治が、なかなか良いが、このドラマは、岩崎弥太郎、後の三菱商事を起こし大資本家になった彼の目を通して描かれている。史実では、坂本龍馬の目と考え方を大きく広げさせたのは、勝海舟という幕臣だった。龍馬は、攘夷家で千葉道場の若先生と一緒に勝海舟を切りに行くが、勝海舟の日本と世界のあり方等、スケールの大きな話に感動し、その場で勝海舟の弟子になる。柔軟な頭としか言いようがない。その後、彼は、どんどん成長してゆくが、３４歳で暗殺に遭う。革命の惨さである。もし彼が、生きていれば、明治維新は違った物、あるいは、少し遅れて成立したかもしれない。ただ、ＮＨＫドラマ「龍馬伝」はひさびさヒットし、お茶の間を楽しませているに違いない。</description>
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         <pubDate>Tue, 20 Dec 2011 09:03:50 +0900</pubDate>
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         <title>司馬遼太郎の「この国のかたち」より</title>
         <description>文春文庫本の１～６巻に収められてる日本人の本質を長年にわたって考察してきた著者の深く洞察にもとずく歴史評論集である。その中で、日露戦争の講和条約のポーツマス条約で、日本に不平等な条件を強いられたと一部の国民が、怒りを爆発させ、日比谷公会堂で何万人という人が、条約の反対運動を行い、警官隊と衝突し、死亡者、負傷者が出たそうである。司馬氏は、この時から敗戦（太平洋戦争）への道につながるものがあったと言っている。それは、この戦争が終了して、客観的に分析した政府も軍もマスコミも無かったという事である。条約交渉中ならそれは、秘すべき項目かもしれないが、あの時点で、日本の満州における弾薬は、底をつき戦費もほとんど無い状況であった事、ロシアが、条約を飲まずに、戦争が再開されていたら、日本陸軍は、壊滅的な打撃を受け、非常に困難な事になっただろうという事である。それらの事を一部の政治家、軍人が知ってた上で、あの条約を結んだのである。何故、条約成立後公表しなかったのか、特にマスコミ関係は、この条約締結には、裏があると思わなかったのか、また、その程度だったのか。今だから批判できるというのか。その後昭和期に入る。日本陸軍関東参謀部の独走によって行われたノモハン事件、満州事変そして日中戦争の泥沼に入って行く。それはまさに統師権　を後ろ楯に行ったものである。明治憲法は、三権分立（行政権、立法権、司法権）その他統師権があったそうである。よくわからないが、国家非常時には、この統師権が、上の三権より上に位置が上がり、軍が、それを壟断して昭和の悲惨な滅亡に追いやったといえる。太平洋戦争は、軍、民間あわせて６００万以上だったと聞く。二度と起こしてはならない歴史の半面教師である。
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         <pubDate>Mon, 19 Dec 2011 19:01:56 +0900</pubDate>
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         <title>余話として</title>
         <description>日本は、江戸時代２６０年の平和を保ってきたが、幕末ぺりー来航の事件より国内が「尊皇攘夷」の風が吹き荒れ、明治継続戦争が起こり、明治政府が樹立された。その後数多くの戦争を国内外でやってしまった。西南戦争、日清、日露戦争、第１次世界大戦、ノモハン事変、日中戦争、太平洋戦争、１９４５年終戦まで明治維新からわずか８０年に満たない時期にこんなに多くの戦争があった。

そのつど、そのつど国の事情、世界の事情があったにせよ少し驚かされる。ある学者が、「地球上の人口が、増え続ければ、地球の摂理で戦争、大災害（地震等）疫病（現代ではエイズ）等が蔓延し人口を減らしてくれるだろう」という説を訴えていた。

まさに先ほどの戦争の時代が、そうであったのか。ただし、その大きな犠牲のあとで、太平洋戦争後６４年間日本は、平和を保っている。

憲法９条の戒めもさることながら、この国民の民度が高まり、２度と戦争をしたくないという信念的なものが生まれたからだと思う。ただし、この平和は、日米同盟で守られてきた物と認識してほしい。普天間基地問題は、なかなか解決しそうもない。戦後６０数年、我々日本人は、沖縄県民にどれだけ負担を強いて来た事か。その事を国民一人一人気持として受け止めてほしい。ただ残念なのは、代替基地を１道１都２府４０数県の知事が、だれも手を挙げない事である。手を挙げると県民が、ごうごうと反対をするだろう。だが、この現状を痛烈に訴えてこそ意義あるものではないだろうか。日本人が、持ってきた道徳、優しさ、男らしさ、他人への思いやり自己を犠牲にしてまで人を助けるという精神は何処に行ったのか。オリンピック誘致より余程意義がある！</description>
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         <pubDate>Tue, 13 Dec 2011 22:28:50 +0900</pubDate>
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         <title>ゴールデンウイークを終えて</title>
         <description>４／２９から始まったゴールデンウイークも昨日で終わった。とてもよいお天気で、気温も上がり、どこも行楽地は、賑わったようだ。高速道路も１０００円で混雑したようだ。海外旅行も何十万と言う人が、出かけたようだが、本当に、不景気なのかと疑問に思ってしまう。お金を持っている人は、海外に落とさず、国内に落としてほしいと思うがー。私は、もう引退して、毎日、日曜日の生活だが、若い頃は、連休があるとどこかに行かないと”損”みたいに思い、人ごみも何のそので出かけたものだ。それが、年を取るにしたがい、億劫になってきた。今は、毎日が、日曜日のせいもあるが、人の多い時にあえて行こうとも思わないが、若い頃のようなエネルギーが、ほしいと最近切に思うことがある。このゴールデンウイーク中も仕事を休めない人も大勢いる。その人達のおかげで、我々が、楽しめる事も忘れては、いけない事だ。他の日に休めるとは言っても、大部分の人が、休みの時に働くのは、イヤではないかと思うが。私達夫婦は、いつか子供達とその家族全員でどこか旅してみたいと思っている。私達は、いつでも良いが、皆の休みが、合わないといけないので、ちょっと難しいかもしれないが、楽しみにしている。</description>
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         <pubDate>Sat, 03 Dec 2011 20:58:05 +0900</pubDate>
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         <title>宗教の不思議性</title>
         <description>私自身、宗教について長らく日本の宗教のあり方についてクリスマスのキリスト教、正月の神社への参拝、葬式等には仏教と何の疑問も無く受け入れてきた。日本人の受容性というものか、そこにあるもの昔からの習慣や伝統を受け入れる心が、少なからずあったからだ。だが、ある時期、フト疑問に思った事がある。

何故、人間は、戦争と言う殺し合いを重ねてきたのか。仏教もキリスト教もマホメット（回教）その他色々な宗教は、人間の幸福を願い、平和を願うものではないのか。その宗教的な側面からみれば、殺し合いが続いた今日、今もテロやある種の戦争が、起きている事が、不思議だならない。今日ある本を読んだ。以前読んだ事のある司馬遼太郎の「この国のかたち」だ。その中に「本来の仏教と言うのは実にすっきりしている。


人が、死ねば空に帰する。教祖である釈迦には、墓がない。無論十大弟子にも墓がなく、おしなべて墓という思想すらなく、墓そのものが、非仏教的なのである。」この文章を読んでいる内に宗教と言う物は、何かとつくづく考えさせられた。私の家にも仏壇があり、先祖の墓もある。だが、本来仏教（釈迦が教えを説いたころの仏教）には、そんな物はない。自分のつたない頭で考えるのは、所詮仏教、キリスト教、回教と世界三大宗教、その他諸々の宗教は、人間の頭で作り出したものではないかと言うことである。この世に神や仏は、居るはずがなく、居れば、この人類の悲惨な殺し合いを見逃すはずは無く、とっくに手を差し伸べているはずである。


そこに至って自分は、これらが一種のまやかしであって、結局は、無神論者になっていく。
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         <link>http://www.ortonized.org/2011/11/post_72.html</link>
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         <pubDate>Sat, 26 Nov 2011 08:07:06 +0900</pubDate>
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         <title>プロ野球パリーグのここまで</title>
         <description>今現在、パリーグは、ロッテ首位、西武２位、ソフトバンク３位と並んでいる。この３チームを中心に覇者を競うに違いないと思う。今年の西武は、充実した陣容である。先発投手が良い。涌井、岸、帆足を中心に後、石井、許等の投手がいるが、特に涌井、岸、帆足が、抜群のコントロールと投球技術を心得ている。又、打線も中島、中村の３，４番を中心にした打撃が良い。ロッテは、チームの力が大きく変わった。これほど指導者が、変わればチームが変わるという一つの例である。特にロッテは、西本投手コーチが、就任して変わったように思う。投打のバランスが良くおそらく、優勝戦線に残るだろう。ダルビッシュをかかえる日本ハムが、低迷しているが、ここに来て５連勝と実力を発揮しだした。スレッジという大砲が、居なくなった為、一つは、苦戦に繋がったと思う。ソフトバンクは、中日に２連敗した。その主な原因は、４番が、この所チャンスに打てない事だ。おそらく３～４試合ノーヒットだと思う。このままでは、ズルズルいってしまいそうだ。カンフル注射が、必要だと思うが、どうだろうか。</description>
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         <pubDate>Thu, 24 Nov 2011 19:56:06 +0900</pubDate>
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         <title>司馬遼太郎「この国もかたち」より</title>
         <description>室町時代は、１４世紀から１６世紀である。我々日本人は、室町の子と言える。
①、今日本建築と呼んでいるのも、室町末期に起こった書院造りから出ている。
②、華道や茶道というすばらしい文化もこの時代を源流としている。
③、能、狂言、謡曲もこの時代に興りさらに日本国の行儀作法や婚礼の作法もこの時代からおこった。

私達の作法は、室町幕府が、定めた武家礼式が原典になっている。
これを読んで、微かながら感銘を受けた。室町時代から連綿して続いているのかと！。
話しは変わるが、室町初期の１４２０年、朝鮮王国（世宗）の正史として、この時代の日本を見た朝鮮官僚がいた。今、私は、朝１０時から１１時まで、韓国ドラマ”大王世宋”という番組を毎日見ている。

世宗と言う人は、李王朝の中で色んな改革を行った人らしい。その中で中国を模範としている、朝鮮には、通常文字は、漢字しかなく、特に民は、その文字を読みずらく文盲率が、高かった。そこで彼は、誰にでも読みやすくする「文字創製」新しい文字を作ることを考えた。それが、重臣達の猛反対を招いた。


その原因は、新しい文字を作る事は、野蛮国に朝鮮はなるというのだ。世宗は、新しい文字を作る為、インド、蒙古、日本に家臣を派遣した。これらの国は、独自の文字を持っている。確かにあの時代の日本は、野蛮国にされていた。

その頃の朝鮮は、確か儒教が、国教となり、身分制度が厳しい国だったが、世宗は、民の為文字創製に取り組む。李王朝は、５２０年続いたそうだが、初期の大王として、世宗のような人が、いなければ果たして、長く王国を維持出来たのだろうか？</description>
         <link>http://www.ortonized.org/2011/11/post_70.html</link>
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         <pubDate>Thu, 24 Nov 2011 10:54:59 +0900</pubDate>
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         <title>最近の鳩山首相</title>
         <description>今、普天間基地問題で鳩山首相は、批判にさらされている。昨年の衆院選で、最低でも県外移設をと訴えていたが、今になってあれは、党の公約でなく、個人の公約だと述べているみたいだ。普天間の県外移設は、はなからあり得ない事は、沖縄の人達その他多数の人々は、わかっていたはずである。もしそれを実現するとすれば、日米安保条約を破棄するしかない。

日本の一方的な思いいれだけを述べた政治家の悪い癖だ。選挙に勝つために夢のような事を次々とならべるが、それが、現実の選挙かもしれない。今朝の読売新聞の編集手帳に面白い事が、書かれていた。少し拝借すると、小政治家ならば、失言なる言葉も大政治家が、語れば名言で通る。ドゴール曰く「政治家は、心にも無い事を口するのが、常なのでそれを真に受ける人がいるとビックリする。」



晴山陽一さんの”すごい言葉”によれば、フランス大統領に就任して５年目、１９６２年の発言と言う。懸案のアルジェリア危機を収めた年であり気がゆるんだのか、本音がつい口をついて出たのだろう。ある意味すごい記事である。また晴山さんは、ドゴール言葉にこう感想を述べている。「口と心の間の距離が、一番長いのが政治家という種族であるらしい」と。政治とは、政治家とはそういうものなのか？</description>
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         <pubDate>Wed, 23 Nov 2011 18:52:03 +0900</pubDate>
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         <title>卒業</title>
         <description>卒業式のシーズンになった。卒業式と言えば、私の高校の卒業式、当日に違反などしたことの無い、まじめな友達が、髪の毛を、くるくるカールをしてきた。皆、ビックリ！（髪をカールするのは、校則違反）先生もどうして？と言う顔をしていたが、大目に見てくれて、何も言われなかったと思う。今までで、自分の卒業式をふくめ３人の子供の卒業式に出席しているが、一番感動した卒業式は、長男の幼稚園の卒園式、式が始まり、園児が、♪春の事です思い出してごらん♪と言う歌を唄いだしたとたん、幼稚園に入ってからの出来事が、走馬灯のように、頭の中で通り過ぎ、私から離れなかった入園式から、ここまで成長したと言う思いで、涙が、止まらなっかた。卒業と言うと、別れを連想するが、また新しい出会いへと向かう、出発点でもある。人生の卒業は、死を迎える時では、ないかと思う。それまでは、良い卒業が、出来るように、自分を高めていこうと、思っている。なかなかむずかしい事だが。</description>
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         <pubDate>Thu, 28 Jul 2011 20:53:39 +0900</pubDate>
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         <title>韓流ドラマについて（２）</title>
         <description>今、はまっているのは、韓国時代劇の”イ・サン”で、かかさず見ている。昨年の夏ごろから始まった。李の朝鮮王朝２２代王、正祖の物語である。時は、１７７６年前後の話で、彼は、朝鮮王朝史の中でも高い評価を得ている。民を慈しみ身分の差別を超えて、王朝の役人に仕えさせたり、農業の改革、自由市場経済、また役人の汚職を厳しく取り締まった。実際５００年以上も続いた王朝としては、ワイロが、はびこっていたのだろう。彼の子供の頃の友達の男女とのからみ、ノ論派の策略で何度も刺客に襲われる。女友達との愛の行方、そして二人の思いを歌った歌が流れると特に切なく、悲しく歯がゆい思いをさせられる。７４話あるそうで、今は、３３話までで、あと半分ぐらい残っている。この作品は、最後まで見続けたいと思う。このドラマのガイド本も出版され購入した。韓国の王朝史にも少し興味が、わいて来た。これから、勉強してみようかと思う。本当におもしろい作品だと思う。</description>
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         <pubDate>Sun, 17 Jul 2011 02:49:19 +0900</pubDate>
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         <title>韓流ドラマについて（１）</title>
         <description>自分が、韓流ドラマにはまったのは、”冬のソナタ”を見てからだ。再放送も見る程はまった。韓流ドラマは、あまり好きではなかったし、その頃、すでに多くの人々を魅了していた。自分は、会社の人の進めで見始めはまったのだ。昔、今の若い人は、知らないだろうが、吉永小百合、浜田光男等、日活の青春映画を連想させる。ある頃日本人が、持っていた友情、恥じらい、愛の表現が、”冬のソナタ”で今よみがえったと思った。それで、あの爆発的な韓流ドラマが、始まったのだ。特に男優がイケメンで、女優が、綺麗で可愛さもある。韓国は、美容整形が、多いのでフト疑ってしまう。またカメラワークが、見事で美しく、場面場面の景色が、実に鮮やかだ。ただ、ストーリーが、あまりいただけない。愛し合う男女が、兄妹であったり、記憶を失ったり又、本当は、兄妹ではなかった等、この手の恋愛物は、その繰り返しだが、なぜか人を惹きつける。次は、韓国の時代劇、”大王四神”である。仕事の都合で、全ストーリーは見ていないが、再放送があれば１話から、すべて見てみたい。</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">日記</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 12 Jul 2011 02:01:10 +0900</pubDate>
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